上次为大家介绍了道北的北龙町的向日葵,幌加内町的荞麦花,这次就为大家介绍本次旅行最大的目的,沼田町的“夜高行灯节”。

前回は道北の北竜町のひまわり、幌加内町のそばの花をご紹介しましたが、今回は旅の最大の目的、沼田町の「夜高あんどん祭り」をご紹介します。



位于北龙町和幌加内町中间的沼田町,是一座人口约3300人左右的小镇。每年8月下旬,这里都会举办“夜高行灯节”。

北竜町と幌加内町の中間にある沼田町は、人口3300人余りの町。毎年8月下旬に「夜高あんどん祭り」が行われます。






下午5点左右到达沼田町,镇里四处已经支起了各种摊位,变得很热闹了。

午後5時ごろに沼田町に到着すると、すでに町のあちこちに出店が出て、にぎわっていました。








当地人已经将自己的席位确保在道路沿边的位置了。

地元の人々は、すでに道路沿いに席を確保しています。









下午6点,以烟火为信号,JR站前的太鼓开始演奏……

午後6時、花火の合図とともにJRの駅前で太鼓の演奏が始まり・・・







与太鼓演奏不同方向的“夜高舞”队伍也开始移动。

また違う方角からは、「夜高踊り」の行列がやってきました。










跳舞的似乎全是女性。队列向左转向,进入了主会场。

踊り手はすべて女性のようです。行列は左折してメイン会場に入っていきます。








在这样的过程里,天色渐暗,终于行灯被点亮,游行表演开始。

そうこうしているうちに暗くなってきて、いよいよあんどんに灯りがともされ、練り歩きがスタートです。








保育园和幼儿园的孩子们也参加了牵引行灯的活动。

保育園や幼稚園の子供たちも、あんどん曳きに参加しています。








保育园的行灯,设计成了现在最流行的“妖怪手表”。

保育園のあんどんは、いま流行の「妖怪ウォッチ」のデザイン。










大型的行灯也一个接一个地出现在大路上。

大型のあんどんも次々通りに出てきました。








形色各异的行灯。都是花费了许多心思,精心制作出来的精品!

色も形も様々なあんどん。とても手が込んでいて、見事な出来ばえです!









令人遗憾的是,那天下着雨,所以撑着塑料伞呢。如果没有塑料伞遮挡视线,肯定能看的更清楚明白一些。

残念なことに、この日は雨模様だったのでビニールをかぶせてあるんですよね。これがなければもっとはっきり見えるんですが。












不顾降雨,边唱边舞“夜高小调”的小学生们。这之后,我在小镇的官网上查了一下这首小调的歌词,内容是祈求五谷丰登。

降り出した雨にも負けず、「夜高節」を歌い踊る小学生たち。あとで町のHPで歌詞を調べると、五穀豊穣を祈る内容でした。








高度很高的行灯通过时,甚至需要用梯子将电线向上面挑一些。

背の高いあんどんが通るときには、はしごで電線を持ち上げています。














1小时左右,大路上就全是行灯了。游客也是人山人海。

1時間ほどで、通りはあんどんだらけになってしまいました。見物人もいっぱいです。








这个节日最具看点的地方当属“行灯对仗”。就是大型的行灯互相激烈地碰撞!第一天撞4次,第二天撞6次,时间都是定好的。

このお祭りの見どころは「喧嘩あんどん」。大型のあんどん同士が、激しいぶつけ合いをするのです!ぶつけ合いは1日目は4回、2日目は6回、時間を決めて行われます。






这个充满刺激感的画面,用照片是无法传达额。我拍了视频。请您看这里的视频吧。

この迫力は写真ではお伝えできないので、動画を撮りました。こちらの動画をご覧ください。

沼田 あんどんぶつけ合い1

 

互相撞过几次后,双方轮番歌唱“夜高小调”,炒热气氛,歌曲结束时,两方也就分开了。

何度かぶつけ合いをした後は、双方がかわるがわる「夜高節」を歌って一緒に盛り上がり、歌が終わると円満に別れていきます。

沼田 あんどんぶつけ合い2

 



因为我要返程札幌,所以就在第一次的碰撞后离开了,那时候正是夜里8点。虽然我离开了,不过夜高行灯节还在持续着,而且似乎气氛越来越热烈了呢。

札幌に帰るために、1回目のぶつけ合いが終わった夜8時ごろに会場を後にしましたが、祭りはまだまだこのあと盛り上がりそうな雰囲気でした。






这个“夜高行灯节”,据说原本是富山县的节日。开拓这个镇子的中心人物,叫做沼田喜三郎,他便是富山县出身。因由此,从昭和52年(1977年)起,沼田町也开始举办这个节日。
在北海道的开拓时代里,全国各地的人移居到北海道,他们也带来了老家的种种节日。这个行灯节就是其中一例。
从今往后,北海道各地也会举办各种像这样感谢秋天丰收的节日。

この「夜高あんどん祭り」、もともとは富山県のお祭りだったそうです。この町を開拓した中心人物、沼田喜三郎という人が富山県の出身で、そのつながりで昭和52年(1977年)から沼田町でも行われるようになったということです。
北海道には開拓時代に全国各地から人々が移り住んだため、元の土地から伝えられた祭りも数多くあります。このお祭りもそのうちの一つなんですね。
北海道ではこれから、このような秋の実りに感謝するお祭りが各地で開かれます。

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